専立寺日記
おとこもすなるにきといふもの……
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2010/09/01(Wed)
祝!HP一周年
専立寺住職
専立寺HPをOPENして、今日で一年です。
私のひとりごとのような日記を読んで頂きありがとうございます。
週一回は更新し、坊守のいけばなの作品もできるだけ
upしていきます。
HPにご協力頂いたyさんありがとうございました
日記やHPについての感想などがありましたら、
「問い合わせ」のページからメールをいただけたら幸いです。
継続は力なりを信じて、これからも続けて行きたいと思います。
2010/08/29(Sun)
南御堂の盆踊りに
専立寺住職
昨日は「南御堂盆踊り」にリンクにも貼ってある
「これ持ってる?」の管理人のT中さんをお誘いして
行ってきました。
この盆おどりは、毎年8月27、28日に行われ、
両日で4000人を超える参加者が踊りの輪を作ります。
境内は多くの屋台が出て、定番のお好み焼きや焼きそばを
食べながらビールでのどを潤し夏の終わりをつげる
盆踊りを楽しんで来ました。
ところで、あいかわらずこの猛暑の中でもジムに通っている
私ですがジムのメニューをみたら、
トレーニングの回数がなんと600回を超えてました。
2年と数カ月でこのペース。我ながらよく続いてるものだと思います。
2010/08/18(Wed)
お盆で40年ぶりに
専立寺住職
今年のお盆は、実家の愛知県のお寺に13日の昼から
14日にかけて帰郷しました。
私のお寺では、お盆のお参りを頼まれるお家のお勤めと、
普段通りのお逮夜参りで、お盆といっても他宗のように
棚経をするわけではないので、実家の兄の長男が就職して
休めないのでと、お盆のお参りのお手伝いに帰ったのでした。
数軒のお盆のお参りの中には、同級生の家もあり、
40年ぶりの再会を果たしました。
小、中学校の同窓会には一度も出席したことがなかったのに
暖かく迎えてくれ、「もう一晩泊っていけるのなら仲間に
召集かけたのに」と言ってくれる同級生もいて嬉しかったです。
次の同窓会は出来るだけ参加させていただくと、
住所と携帯番号を書いて渡しました。
幼いころから可愛がっていただいた檀家の方がたともお会いでき、
なつかしい思いをしたお盆の一時でした。
2010/08/11(Wed)
娘がお得度しました
専立寺住職
御本山・東本願寺で4日に「得度式」が行われ、
長女が受式し、めでたく僧侶になりました。
宗祖親鸞聖人が9歳でお得度されたことにちなみ、
満9歳から得度ができますが、この日は9歳の男児67人と
女児5人を含む188人が受式しました。
くりくり頭の小さなお坊さんたちは初々しく可愛いものです。
御影堂(ごえいどう)の親鸞聖人の御真影前で、
大谷暢顕ご門首にかみそりを当ててもらう
「剃刀(ていとう)の儀」に臨み、授与された
真新しい墨袈裟(けさ)と法名を受けた後、記念撮影をしました。
自坊に帰りさっそく本堂で阿弥陀さまに報告し、
家族で『正信偈』を勤めました。
娘は将来どのような御縁をいただくことになるかわかりませんが
親鸞聖人のみ教えを日々大切にし、歩んで行って欲しいと思います。
3日に組長のお寺で、他の方にもお手伝いを頂き資料を作成し
6日に12組の通常組会を行いました。なんとか滞りなく終わり
副組長の私としてはやれやれです。ご協力ありがとうございました。
坊守のいけばな作品を更新しましたのでご覧下さい。
http://matsuo-kyoho.webspace.ne.jp/bbs/
2010/08/05(Thu)
DYLAN.T part2
専立寺住職
ボブディランのTシャツの続きです。
上の段右端のTシャツはこの間の
日本ツァー会場限定のTシャツです。
下の段左端はサンタナとジョイントツァーのものです。
着るのがもったいない気がするし、
洗ってしまうと色落ちしたりするので、
箪笥のこやしになってたりするのです。
まだ数枚ありますが、これぐらいにしておきます。
2010/08/02(Mon)
8月の掲示板の言葉
専立寺住職
*--*--*--*--*--*--*
己れに
願いはなくとも
願いをかけられた
身だ
−藤元 正樹−
*--*--*--*--*--*--*
地方によって、お盆を迎える月に異(ちが)いがあるが、
これを迎える人には同じ思いがある。
それは、亡き人を偲んで、あらためて身近に感じるということだ。
私たちは、亡き人を案ずることはあっても、
亡き人から願われている大切なことがあるのを
知らない人が多い。
それは「真実の教えにあってほしい。」
そういう願いをかけられている身ということである。
日頃、何かと気ぜわしく走り回っている私たちであるが、
お盆の休日には立ち止まって、真実の教えに照らされつつ、
一人ひとりが自己を見直す大切な時と場を、
亡き人から賜ったんだなあと受けとめたい。
2010/07/30(Fri)
DYLAN.T
専立寺住職
しかし暑いですねー
夏といえばTシャツ!
吉田拓郎とともにBOB・DYLANのファンでもある僕は、
彼のTシャツのコレクターでもあります。
写真の6枚は、彼が若くイケメンだった、
二十代のころをデザインしたものです。
ツアー限定ものや、HYSTERIC GLAMOURなど
いろいろです。
2010/07/24(Sat)
続・旧友再会フォーエバーヤング
専立寺住職
日記を書くのがまたまた週末になってしまいました。
今週は、
19日(月)に、先月27日の日記にも書きました、
H田(大学時代のニックネーム珍念)と久しぶりに
再会を果たしました。
今回は、名古屋の母校D大のオープンキャンパスに
ご夫婦と息子さんで来られ、
息子さんは受験に前向きのようでした。
父親(珍念)の方も二十数年ぶりに訪れた
母校がなつかしかったようです。
ただ、四年間を過ごした下宿がなくなってたのと、
その下宿に仲間が集まると出前を頼んでた中華屋、
行けばいつも仲間がいた喫茶店が
なくなってたのを残念がっていました。
存続が気になっていた我が青春のサークルは
部員7人ながら頑張っていると聞き安心しました。
お土産に大分の名産かぼすのジュースCサワー(写真)を
頂きました。猛暑のお参りから帰るたび喉を潤してます。
もう数本なのでまた送ってくれー
しかし、年とったなー。僕もそうだろうけど
自分はいつまでも若い気でいるよな。
九州へ帰る船の待ち時間の10分ほどの短い時間で
残念でしたが息子さんの受験にまた来るとのことでした。
次に会う日を楽しみにしてます。
20日(火)は、摂津市鳥飼の老人ホーム「とりかい白鷺園」さんに
法話にまいりました。
21日(水)は、12組の「平成22年度門徒会総会・懇親会」に
出席しました。12組の門徒会は毎年、年三回の
「研修講座」「組門徒会報恩講」などの行事を独自で行い、
その熱心な姿勢には頭が下がるばかりです。
2010/07/17(Sat)
「真宗公開教学講座」
専立寺住職
15日は十二組の「教化委員会」が行われ、
「平成22年度組教化事業計画案」と「同組会計予算案」について
話し合われ活発なご意見を頂きました。
また、12日には、十二組寺族部会主催の「真宗公開教学講座」が
守口文化センターで行われました。
今年は大谷大学教授の一楽真先生に「浄土真宗で救われるとは」
の講題で真宗の教えの要をわかりやすくお話頂き、
参加者は頷きながら聞いておられました。
一楽先生は、
「教えに出遇ったからといって問題が片付いたのではなくて
問題に向き合う力を頂いたということであり、
実はそこからがスタートなんです」
「救いというのは、教えを聞いたら、すぱっときれいになる
と思いますが、そうでなく、親鸞聖人の『正信偈』に
『巳能雖破無明闇(いのうすいはむみょうあん)』、
無明の闇を破っても貪(むさぼ)りやら怒りの雲はいつでも
覆ってくると書いてあります。
ある先生は、大事なのは夜が明けるということだとおっしゃっている。
夜が明けてみたら、こうだったかとわかる。
だけど夜だったら闇なのか雲なのかがわからない。
何が問題なのかわからない。
それこそ、闇雲にこっち行ったりあっち行ったりするしかない。
でも夜が明けてみれば、なんだ雲だったのかということです。
ああ自分の心にまた、貪りの雲が湧いて来たな、
腹立つ心が消えないなと見えるということが大事なのです。
私たちはまともな生き方をしてると思いこんでますから、
闇であったら、腹が立っててもそれが見えない。
夜が明けても決して快晴になったわけではない。
夜が明けたら問題が見えるということが大事なんです。
雲もあれば土砂降りの日もあるんです。
でも夜があけたら土砂降りの中を生きていける、
そういうことが救いの中身です。
教えを聞いたら今日から快晴だというイメージが
あるから、なかなか真宗の教えはわからないと言われますが、
そうではなく、教えを聞いたらスタート地点に立つのです」
と語られました。
2010/07/07(Wed)
罪と恥〜五木寛之師の講演から
専立寺住職
東京フォーラムを会場に行われた『親鸞フォーラム』の
五木寛之師の講演録を拝見しました。
「人間親鸞のすがた」と題してお話された五木氏は、
小林多喜二の『蟹工船』やドストエフスキーがあらためて
読まれていることを「時代を象徴する現象」ととらえ、
「今度は『歎異抄』の時代が来るかもしれない」と予想。
「今の時代は、形こそ違え親鸞聖人が末法と感じた
世の中と似ている」と述べました。
そして、日本人は実は「恥の文化」ではなく、
「罪を深く意識して生きている」ことを指摘されました。
五木師は、
「ルース・ベネディクトという人の『菊と刀』という名著があり、
日本人の文化というものは”恥の文化”で
れに対して西洋、キリスト教の文化の人間は、
罪の文化であると書かれております。
罪の文化というのは、砂漠の真ん中でだれも見てなくても、
神が見ているということで、自分を抑えるという、
内発的な行為である。
しかし、宗教改革とか以前に、親鸞聖人こそは、
罪業深重(ざいごうじんじゅう) のわれら、つまり、
われらは罪びとであるという、内発的な罪の観念というものを、
自分から選んで決めた、自ら行った行為だけの罪ではなくって、
深い深い縁によって生れた罪を背負ってこの世に生きている
人間である。
われわれ、生きている人間はすべて何かのカタチで、
そのような、大きな心の闇、罪、というものを抱えて
生き続けているのだと。
すでに、中世、遡る聖徳太子の時代に、すでに、日本人には
罪の文化というものの深い意識があった。
念仏をする心の中には、罪というものを非常に深く意識する。
人間のつくった悪というものを意識する。
これがなければ、環境問題なんか、一歩も進まないだろうという
気がして仕方がありません。
私たちは、自分たちが親鸞聖人の開いた道によって、
そのような深い 罪の意識を、近代以前に、
すでに、中世において深く体得している、
そういう 民族である、ということをあらためて、
最近、この本を読んで、つくづくと感じるところがありました」
と話されました。
私たちは恥をかかないことを教育され、
女性として恥ずかしくない振る舞いをとか
子供の恥は親の恥とか、人の目ばかりを気にし、
それに呪縛されているように思います。
私も普段僧侶として誰に見られているかわからないから
恥ずかしくない言動を、とか言われることもあるし、
自らも気にしたりもします。
衣を着ているだけなら、天ぷらでも着ています(笑)。
教えを頂き、
世間の目に振り回されるより
自分に対する眼というもの、
もっと深い自分自身に内存する心の闇、
罪というものを見つめることが
自らを解放する道だと思います。
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